
最終決戦~プロローグ~
文・澄水
イズトリーヴァムは自分の体の大きさを超える岩を片手で持っていた。そのまま井戸へと押し込んだ。
「クレアーレ、これはどうだ?」
その日、空では爆発があった。岩の破片が地上へと降った。
①ナバート
郊外にあるホテルのような建物。窓は全て割れ、壁は蔦で覆われていた。所々崩れており、コンクリートがむき出しとなった内部が見えていた。床の割れ目からは所狭しと雑草が生えている。それはまるで人工物が自然に還ろうとしているようでもあった。
空から小さな隕石のような物が降ってきた。建物に直撃すると、小さな爆発を起こした。煙が消えたとき、廃墟を覆っていた蔦などが消えて無くなっていた。程なくして、廃墟はたばこの灰のようにあっさりと崩れていく。
灰の中央に無精髭の男がいた。見た目は五十代程で、格好は原始人のようなボロボロの布きれを纏っていた。
「我が名は……ナバート。この世界に建造物など不要」
ナバートと名乗った男が一歩進むごとに、その灰から草が生え、伸びていく。彼が敷地の端にさしかかった頃には、生えた草は人の身長を大きく超え、茎は大木の幹となっていた。
フェンスに触れると、さび色が灰色に変わり、砂のようになって消えていった。
「一面に広がる花と緑の大地、とても素敵だとは思いませんか?」
ナバートの背後には大きくなった林が広がっていた。
②アヴェレナ
裏路地に転がっているゴミ箱には表の飲食店から出たゴミが詰め込まれていた。ネズミが食料を求めて集まってくる。
突如、空から降ってきた岩の破片が直撃し、衝撃で蓋が砕け、ゴミ箱が転がり、中身が散乱した。ネズミたちは驚いて反射的に走り去る。
十数秒経った後、ネズミ達は恐る恐る匂いを嗅ぎながら戻ってきた。そのまま散らばったゴミをあさっていく。しかし、いつまで探しても食べ物は無かった。
不意に大きな気配を感じて距離を置くが、すぐに戻ってきた。そこには先ほどまで無かったはずの白い塊が転がっていたからだ。
ネズミの一匹がその匂いを嗅ぐ。特に匂いは感じられなかった。すぐにそれを食い尽くす。そのまま狂ったように白い塊をあさり始めていった。
ゆっくりとゴミ箱の中から黒い魔女のようなローブを纏った女が立ち上がった。
「さあ……召し上がれ」
突如、彼女の足下でネズミ達が一斉に争い始める。お互いを威嚇し、攻撃して白い塊を奪い合っていた。興奮したネズミの鳴き声が表の通りまで聞こえる。
「さて、イズトリーヴァム様のためにもこの世界の食べ物からオリオールを無くさないといけないわね」
そこに、一人の人間の男が路地へと足を踏み入れた。
「やけにネズミが騒がしいな……」
「あなたも、食べてみる?」
③レティシオ
高速道路の脇に小さなライブハウスが建っていた。その真横にある公園から砂埃が高く舞い上がった。
周囲から人が集まり、何が起こったのかと見ていた。公園の中央には直径一メートル強のクレーターができていた。
「おい、何だ?」
「あれってもしかして隕石?」
車の音、ライブハウスから漏れ出る音楽、野次馬の声、スマートフォンのシャッター音と通知音。それらが混ざって大きな不協和音を奏でていた。
警察官が離れるように促したところで収まる様子も無い。
クレーターの中から、手が飛び出してきた。その様子は這い出ようとするものだった。
右と左で色が異なるジャケットを着た男だろうか。中性的な人型をした者が出で来るや否や耳を押さえてうずくまった。
「ああ……うるさい……」
彼がそう呟いた途端、公園は静寂に包まれた。それでも高速道路は変わらず車が走り、野次馬は口をパクパクと開いて会話をしようとしている。口を開けても声が出ない。そのことでその場にいる者達は何かがおかしいことに気づいた。
全ての音が消えた無音の空間にただ一つ声が聞こえる。
「自分はレティシオ。うるさいのは嫌いなんだ」
その手には黒い音符のような形をした物に紫の石を取り付けたような物体があった。
彼は髪を掻き上げると周囲を見回す。ライブハウスに視点を合わせると、ライブハウスの方向へと歩き始めた。クレーターの中から灰色の人型、ブッタオースも後に続いて出てくる。
「安息地へようこそ……」
④シュラース
岩の破片の一つは蔵に落ちた。屋根を突き破り、中にあった物の中に紛れてしまっていた。そこには絵画を中心とした多くの美術作品が置かれている。
しばらくして、家主と思しき人物が蔵へと入ってきた。懐中電灯を手にした初老の男だった。
「誰だ?」
そう声を掛けると奥には学ランと修道服を合わせたような服を着た少年の姿があった。男は少年の様子に固まってしまう。
目が隠れる程の髪は真っ白で、スイカのような緑と黒のメッシュが入っていた。服の襟と裾は虹色でケープを羽織っていて、靴はヘビ柄。手には片方がハンマー、もう片方が槍になった武器のようなものがあった。
「き、君は……ここで何をしている?」
男が尋ねると、少年は一枚の絵を拾って見せる。地を這い進む蛇の絵だった。照りつける太陽の下、草の間を這い、その向こうをそっと見据える様子が描かれている。何を見据えているのかは草で全くわからない。
「僕はシュラース。おじさん、それわかる?」
「大先生が描かれた『灼熱の蛇』だ。何か先を見据える姿の力強さはわかるだろう。とても貴重な作品だから手を離しなさい」
柄に星と虹のマークが描かれた、まるでワークデリートと戦うというオリキュアのペンを想起させる槍を絵に突き立てた。
「何をする! やめなさい!」
男が絵を取り上げると、草の先にうっすらと蛙の姿が描き足されていた。絵柄が異なるといった齟齬もなく、まるで元から描かれていたかのように調和していた。
「これは……」
美しい、と言いかけて止まっていた。潰された余白により、この作品の何か先を見据える、という本質が破壊されてしまっていたからだ。
「ねえ、足すことでの退化こそ最高の破壊。そうは思わない?」
男は蔵の中が蛇足で一杯になっていることを知り、呆然としながらシュラースを見送るしかなかった。
