
11月「水色とボトムス」+α
文・澄水
夜の大通りにある街路樹はイルミネーションで赤青黄色と鮮やかに光っていた。店からはクリスマスソングが流れ始めていた。道行く人々は厚手のコートやジャンバーを着こみ、冷たい風を受けながら歩いていた。
電光掲示板は12月1日PM10:00と表示していた。
少し入った裏路地に、流星のような光が一筋、振ってきた。それは地面に当たり、転がった。光のオーラの様な物が消え、姿を見せたのは星型の妖精、キラだった。
「見つからなかったキラ……」
立ち上がったキラの目の前に、クレアーレが現れた。スカートはカラフルで豪奢なものとなり、白い靴もはいていた。かつて力無い少女の時と比べると、女神のようになっていた。体は半分透けており、それは蝋燭の火のように揺らめいていた。まるで映し出された立体映像のようだった。
「キラ、お疲れ様です」
「クレアーレ様! 力が戻っているキラ!」
「ええ。あなた達がオリオールを集めてくれているからですよ」
キラの方を見てそっとほほ笑んだ。
「クレアーレ様、ごめんなさいキラ。オリキュア作者をまだ見つけていないキラ」
「いいのですよ。それよりも他の戦っているオリキュア達を応援するのです」
「どうしたらいいキラ?」
クレアーレはそっと手を差し出した。その手の上には虹色の光が球状に集まっていた。シャボン玉を飛ばすようにそっと吹くと、その粒がキラを包んだ。
「な、何キラ?」
キラの形が徐々に星型から変わっていった。両足が足らしく、腕が腕らしく。少し経って、クレアーレの前にいたのは一人の青年だった。
白いシャツにジーンズ、その上からコートを羽織り、厚手の手袋をしていた。見慣れない自分の手や下半身を見て彼はただ戸惑っていた。
「な……何この姿?」
それと同時にクレアーレの姿がブラウン管テレビの砂嵐のように乱れ始めた。
「オリキュア作者と出会えていないキラに、人間の姿へ変身する力を与えました」
「これで、どうしたら?」
「戦う以外の方法でもオリキュア達をサポートするのです。できればオリキュア同士が繋がるきっかけを作ってください」
「そう言っても……」
砂嵐のような乱れは広がり、輪郭を掴むのがやっとの状態にまでなっていた。
「私もそろそろ限界です……。キラ、頼みますよ」
そう言い残して姿を消した。
時計の針は既に11時を回っていた。大阪のビジネス街にある出版社の会議室では深夜にも関わらず、打合せが行われていた。日めくりカレンダーは12月9日となっていた。
会議室には女一人、男二人の計三人がいた。入り口側に座るビジネススーツに身を包んだ二十代ぐらいの女。彼女が首から下げる名札入れには入館証と名刺が入っていた。「フリージャーナリスト 鎚田広子」とあった。
その向かいに綺麗なストライプの入った紺のスーツを着た中年の男と、グレーのスーツを着た若い男の二人座っていた。
「編集長、この一連の創作物消失事件を裏で解決している存在はやはりオリジナルプリキュアことオリキュアです。彼女達の活躍を伝える意味でも、応援する意味でも是非オリキュア特集をやりましょう」
鎚田は原稿を机に置き、二人に迫った。机に置かれた原稿は数十枚にも及び、ホッチキスの針が通らなかったためか、端に穴を開けて紐で纏められていた。
編集長と呼ばれた中年の男は原稿を手に取り、数秒ながめて机に放り投げた。
「うちでこれを記事にしろと」
「もちろんです」
「この写真は認めよう。でもこれをプリキュアだと言うわけにはいかない。そうなれば公式プリキュアを扱っている方に客が流れる。うちの系列で扱っているものに言い替えてくれ」
「世間でもプリキュアだと言われ始めています。それに彼女達の活躍を広めないと」
「だとしてもだ。それに活躍を伝えるだけじゃだめだ。スキャンダルとかの方が食い付きが良い。それならオリキュアと自衛隊の怪しい繋がりとかにした方が良い」
「ありもしない事なんて書けませんよ」
「応じられないなら契約は打ち切る。この件に関して書いてくれそうなフリーの記者ならいくらでもいる」
そう言うと、編集長は座ったまま、鎚田に礼も何も言うことも無くスマートフォンを取り出して電話を始めた。
「もしもし。ああ、あの怪物について書いてくれ。スクープっぽくなればいい。間違ってもプリキュアなどとふざけたことは書くなよ」
広げた写真を拾い集める鎚田に一瞥もくれることなく話し続ける編集長。一方の若手の方の男は編集長の様子をうかがうだけだった。
鎚田は原稿と写真を鞄に仕舞い込むと、立ち上がり、引いた椅子も戻さずに出口へと向かい、二人を睨みつけた。
「最初はあの怪物に記事を消されたからって徹夜で書きましたけど、今後は一切引きうけません。まあ、創作物を狙う怪物に狙われるような記事な時点でどうかと思いますけど!」
扉は勢いよく開かれ、壁にぶつかって轟音を立てながら跳ねかえった。
青年に姿を変えたキラは、段ボールを積んだ台車を押していた。刺すように冷たい風に身を震わせながら、大通りから線路沿いに進んでいった。
彼は線路沿いに五分程歩いた所で足を止めた。そこには、空き家があった。木造建てだが、最近建てられたかのように綺麗になっていた。
彼は慣れない動きでポケットから合鍵を使取り出し、一分ほどかけながら扉を開けた。ようやく扉を開けると、台車の荷物を運びこんでいった。中には棚とカウンターとテーブルだけがあった。
それから数時間経ち、壁に掛けられたばかりの時計は12時を回っていた。周囲にある住宅の明りも消え、高架からも電車の音が聞こえなくなっていた。
段ボールからは荷物が出され、棚に並べられていた。それらはオリジナルプリキュア、オリキュアに関する本やキーホルダーなどがあった。
青年がふと一息ついて水を飲もうとした時、ドアが開けられ冷たい風が吹きこんできた。それと同時に人が倒れる音がした。青年が驚いて、玄関の方を向くと、鎚田が中へと倒れ込んで来ていた。
「ねえ……開いてる?」
「臭っ」
駆け寄った青年は、漂うニンニクとアルコールの慣れない臭いにむせ返ってしまった。
「ねえ、ラーメンお願い……。シメはラーメンでしょ……。何がスキャンダルはウケるよ! オリキュア達も頑張ってるんだから……ヒック応援……」
「大丈夫ですか? とりあえずお水飲んでください」
「あんた! これ読んれから……同じこと言ってみろ!」
鞄からオリキュアについてまとめられた原稿をおぼつかない動作で取り出し、青年に押し付けた。青年はただ困り顔で受け取る他なかった。
「それよりもお水を飲んだ方が……」
それ以降、鎚田が反応することはなかった。
翌朝、鎚田が目を覚ましたのは、知らない部屋のベッドだった。まず屋根に沿って斜めになっている木目の天井が目に入った。横を向くと、窓からは他の建物の二階が見えた。
起き上ろうとして、頭の痛みで再び枕に頭を落とした。同時に胃の中に気持ち悪さを覚えた。
「頭痛い……」
「気がついたかい?」
その傍には青年の姿があった。突然の声に驚き、飛び起きようとした。
「あなたは……?」
「私は流星(ながれぼし)といいます」
流星、と名乗った青年はベッドの脇のテーブルにグラスをそっと置いた。鎚田は水を一口飲み、頭を落ち着かせるように間を置いた。
「あの……私はどうしてここに?」
「覚えていないのですか?」
「ええ……。契約を断ってから一人で焼き鳥屋に行って……」
それ以降が思い出せないでいた。
「あ、昨日この記事読ませてもらいました。とても素晴らしいと思います」
流星はオリキュア記事の原稿を返した。
「これ、読んだのですか……?」
「はい。それで、あなたにお願いしたいことがあります」
