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​プロローグ

文・澄水  

 夜の空、月光に照らされた雲の上。そこに虹色の建物が浮かんでいた。学校のグラウンド程の広さで、虹色の王宮の様な形をしていた。建物の中は昼間のように明るい草原が広がっていた。

 広い草原の真ん中にはぽつんと井戸があった。その隣には白いテーブルと椅子二脚が置かれていた。

 そこに黒髪の少女がやってきた。夜空のように真っ黒の長い髪にはいくつか星のような光があった。膝下までの真っ白のシンプルなワンピースに素足だった。そして胸にはハートマークと虹、羽を彩った白黒のブローチが下がっていた。

 彼女は豪華なドレスを着た貴婦人のような動作でゆったりと椅子に腰かけた。もう片方の椅子には、淡いクリーム色の星型をした何かが立っていた。真ん中には顔があり、その額には少女のブローチと同じマークが描かれていた。

「クレアーレ様、どうしたのですか?」

星型の妖精が声を掛ける。

クレアーレ、と呼ばれた少女が井戸を指すと、井戸の中が光り始めた。キラと呼ばれた星型の妖精は井戸を覗き込んだ。光が消え、水面の揺れが無くなり、スクリーンのように平らになった。そこにはキラの姿では無く、地上のビルが写っていた。

「キラ、あれを見てごらん」

 

 地上のオフィス街には白い雪の様な物が降っていた。電光掲示板は「5月20日(土)晴」と表示していた。降り積もった雪状の物体は集まっていき、買ったばかりの消しゴムや白紙のように真っ白な塊となっていった。粘土をこねるようにして手足らしきものが成形されていき、徐々に人のような形に定まっていった。

「ツクンナー、ツクンナー、ツクンナー……」

真っ白な集団の中に、一つ大きな塊が形作られていた。それは全長2m程のイカの形になっていった。目は赤く光り、10本の足で地面を歩き始めた。その姿はイカの怪物だった。それは口を開き、ぶつぶつと呟き始めた。

「我が名はワークデリート……。破壊神イズトリーヴァムの僕……」

イカの怪物は真っ白の人型集団を引き連れて、ビルの中へと入っていった。ビルの入り口の看板には、『九重出版』と書かれていた。

 入口で警備員が人型に声を掛ける。

「君、関係者以外は立ち入り禁止だ」

その声が聞こえているのか聞こえていないのか、反応もせずただ奥へと歩いていた。

「おい君!」

彼がその後を追おうとした瞬間、その後ろから廊下を埋めつくさんばかりの白い人型がなだれ込んできた。その数の暴力の前には、ただ白い波に流されるほか無かった。

 ゾンビ映画のように押し寄せた白の集団は、編集部と書かれた部屋へなだれ込んでいった。中にいた者達はパニックになり、逃げまどう。ゾンビともスライムともつかない白い人型の何かは、机に置かれた原稿へと一斉に群がっていった。

「ツクンナー、ツクンナー」

原稿を腕の形をしたものでこすると、原稿は煙を上げて白紙へと戻っていった。

 その様子を目の当たりにした男が、鞄を抱えて部屋の隅で小さくなっていた。他の人間は逃げたが、彼だけは原稿を守ろうとして逃げられなかった。

「ようやく上がった原稿……守らないと」

編集部の部屋にやってきたイカの怪物が一本の足を男に向けた。それはまるで人を指差すような動作だった。

「やめろ……。やめてくれ! 先生の漫画を楽しみにしている人達がいるんだ! お前達は……何でこんなことをするんだ?」

その言葉を聞いてか、イカの怪物が再び呟き始めた。

「我が名はワークデリート……。破壊神イズトリーヴァムの僕……」

机の原稿を一通り真っ白にした白の人型は一斉に彼の方を向いた。次の瞬間、かれのいた場所は真っ白になった。

「お前達がどうしようと創作の自由と想いは滅びない!」

その数分後には黒いスーツの男と白紙の束が、消しゴムのカスのように残されていた。

 クレアーレに向かい、キラは尋ねる。

「あれは何キラ?」

「ワークデリート。破壊神のイズトリーヴァムが創造と再生の源となる創作を消そうとしているのです」

キラは立ち上がり、跳ねながら叫んだ。

「創作物を消すなんて酷いキラ! どうしたら止められるキラ?」

「オリキュアなら……立ち向かえるわ」

「何キラ……?」

キラは人が首を傾げるように全身を傾けた。

「まずプリキュアについてはわかりますね?」

「女の子が変身する伝説の戦士キラ?」

「オリジナルプリキュアは皆が独自に作ったプリキュアのこと」

クレアーレは立ち上がり、井戸の傍に立った。井戸を指すと、再び井戸の水が光り始めた。水面にはwebサイトの画面が代わる代わる写されていた。そこには、様々な姿の魔法少女ともアイドルともつかない美少女のイラストが映っていた。それらには「オリジナルプリキュア」という表記がされていた。

「作者自身がオリキュアに変身すれば、ワークデリートと戦えるわ」

「どうすれば変身できるキラ?」

クレアーレが両手を当てると、くすんだ白と黒だけだったブローチが虹色に光った。その手を上に掲げると、虹色の光の塊が現れた。クレアーレの体よりも遥かに大きく、直径10メートル程の巨大な球形になった。虹色は撹拌されているように混ざり合い、しかし色は混ざらず、虹色を保ち続けていた。

「このオリオールの力を使えばオリキュア作者がオリキュアに変身できるわ。キラ、あなたはオリオールの力を運んで、オリキュア達の手助けをしてあげて」

「でも……みんなのオリキュアのこと、よくわからないキラ」

「大丈夫よ。オリオールの力でオリキュア作者のスマートフォンやパソコンに入ればその人のオリキュアについてわかるわ。さあ、行きなさい」

キラは飛び上がり、オリオールと呼ばれた虹色の塊に飛び込んだ。

「キラキラ、創造!」

その声と共に、オリオールの塊は弾け、虹色の淡い光を纏ったキラが無数に現れた。そのキラ達は井戸へと吸い込まれる様に飛び込んでいった。

 次々と飛び込んでいくキラを眺め、最後のキラが井戸に吸い込まれると、クレアーレは崩れ落ちるように椅子に腰を落とした。

「キラ……創作の力を守って……。私の創造神としての力はあまり残っていないわ。創作の力が溜まるまで、休ませてもらうわ……」

ブローチの色は白黒に戻り、僅かに縮んでいた。髪の光も減り、うち半分は消えかかっていた。

テレビのニュース番組は出版社襲撃事件の様子を伝えていた。世界で同様の事件が起こっているという。その上のテロップ小さく、『NASA、謎の流星群を観測。地上に直径十~二十ミリ程の隕石が大量に落ちたとみられる』と表示されていた。

 窓の外には虹色に輝く流星群が見られた。それは世界中に降り注いだ。

その中の一つがある部屋へと入っていった。その姿はオリオールを纏ったキラであった。部屋へと入ったキラは吸い込まれる様に、真っ直ぐスマートフォンへ向かっていった。その体はスマートフォンの本体にぶつかると、そのまますり抜けて中へと入っていった。

 スマートフォンの画面が光り、キラが映し出された。部屋の主はそれに気づくこともなく眠り続けていた。

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